2026年の過ごし方

50歳から始めたこのブログ、何か始めるのになんとなく都合の良い、1月に誕生日のある私。

2026年、3年目に入ったのですが、

なんと、数えると50記事しか書いておらず、日々の暮らしの中で、何か家事をしながら、

あ、これ、この気持ちを書いておきたいな。

この言葉を形にしておきたいな。

と思いながら何度過ぎ去ってしまった事か。

毎日投稿なんて夢のまた夢。

1週間に1記事書いたら年に50記事。

その更に半分も時間をかけていない。

自分の気持ちを整理するために、この先の限られた自分の時間をどう過ごそうか考えるための場所にしたいと始めたのに、全く・・・

と愚痴ってみましたが、

昨年のテーマ、意識して考えて生活する。

私にとって何が大切なのか。

みたいな事を意識していたのですが、昨年は1つとても大きな出来事があり、その出来事で私はいろいろ考える事がありました。

それは、恩師の死。でした。

私の書道の先生でした。小学生から結婚する頃まで、親でも学校の先生でもなく、でも色んなことを話せる大人、尊敬できる大人。

それが書道の先生でした。

先生の最期は話に聞く限りでしかなかったけれど、とても見事で、私にはとても真似が出来ない様なそんなかっこいい最期でした。

あ、先生は女性ですが、身体に弱い所が無ければ、きっと他の仕事をして、私とは出会ってなかったかも知れません。

昔、先生とそんな話をしたことを思い出しました。

私の妹も一緒に先生の所へ通っていましたので、妹と一緒にお墓参りへ行き、たくさん話をして、

いろいろ刺激を受けて帰って来ました。

昨年、2025の春に先生の訃報を聞き、

色々な準備をしてやっと冬の初めに実現できた先生のお墓参り。ついでに実家帰りとすぐにやりたい事に時間を使えない私の環境だったり状況だったりしますが、そんなこと、社会人であり、親であり、妻とか嫁とかそんな縛りがあって当たり前。

人生50年生きてきた私は、そろそろ、もうちょっとやりたい事、やっていきたいなと思うのです。言い換えると、我慢していた事に気付いていきたいなと思うのです。自然と、自分のやりたい事に鈍感になっている気がします。

2026年は、考えるだけでなく、やりたい事に時間を使っていきたいと思っています。

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